洲珠乃日記(すずない)

気ままな更新とサイドカーやゲームのブログ

ローマと呼ばれた国・Ⅵ

カルタゴとの戦い
ローマ建国紀元561年
ローマ軍はカルタゴとの間に再び開かれた戦端への準備に追われた。
まず議会で決められた決定事項は以下になる。
・帝国領最前線に配置されている軍団の再軍備、新規編成
イタリア半島内での高官、統治者に優れた人物を採用
・帝国領内で盛んな建築分野に長けた人材を各方面に派遣
カルタゴとの最前線であり重要地域であるスペイン方面軍の増強
・スペインにいるガラエキ族に対する警戒強化
以上である。
まだまだ決められたことはあるが細かい内容なので省かせて頂く。

ローマ軍は、北、西、東で非常に危険な状態にあった。
特に東から新たな情報が入った為だ。
マケドニアダキア制服に乗り出したという情報をつかんだからだ。
すでにダキアの半分がマケドニアに征服され、アレクサンダー大王の父フィリッポスⅡ世が獲得した領土から、更に北に拡大した土地を獲得しつつあった。
また、ギリシア諸都市にもその触手を食い込ませつつあったのだ。
これによって、北部イリュリアに駐屯している軍団を一新することにしたのだ。
また、その北でボイイと国境を接している軍団にも再編成が命じられた。
これらの軍団は旧装備、つまりハンニバルと戦った時と変わらぬ装備のまま北上し、そして力を振るった部隊だった。
歴戦の勇者達には違いなかったが、近代的な軍団編成とはいえなかったのである。

更にこれらに変わる軍団を新設するに当たって、内政面での強化が求められた。
各都市に居る高官でも優れたものは留まったが、他はローマに召還された。
また、こられに加えて建設官を一定の地域ごとに配置し、建築を実行する際にはこの者が担当に当たった。
これによって建築進行速度は増進した。

スペイン戦線では一旦はフランスにカルタゴ軍の侵入を許したもののすぐに追い返した。
フランスに派遣されていた有能な指揮官のお陰である。
イメージ 1
セクストゥス・コルネリウススキピオ

彼はアルウェルニ戦闘で名を馳せた将軍の一人だった。
先の戦いではゲルゴウィア逆包囲戦で完膚なきまでにアルウェルニ族を撃退している。
そして今度はその剣先をカルタゴに向けたのである。
彼の戦果はすぐに上がった。
イメージ 2
フランスに侵入したカルタゴ軍を彼はアルウェルニ族との戦闘で傷ついたままの軍団で戦って勝利した。
次に既にカルタゴ軍に取られていたエンポリアエを包囲すると、これを狙って攻撃してきたカルタゴ軍を撃退したのである。
イメージ 3

イメージ 4
スキピオは敵を各個撃破の好機と考えて歩兵と弓兵を前面に押し出し、騎兵を迂回させて敵を包囲した。
最前線にはスキピオがなんと私財で雇ったガリア傭兵が受け持った。
そして中衛と後衛をローマ兵が固める。
この戦法で消耗したのは、大半がガリア兵と少数のローマ兵だった。
これらの戦闘によってカルタゴ軍のスペイン戦線における兵力は極端に減少した。
こうしてローマ建国紀元561年をカルタゴ軍は暗い年で閉じたのである。


・残念な能力の人
イメージ 5